Monthly Archives: 9月 2015

お隣のご家族の家族写真を撮りました。

家族写真

こちらの里で我が家がお世話になるようになって十年の歳月が流れました。
そして昨日、我が家の隣(と言っても広大な空き地を挟んだ隣ですが)のお宅の家族写真を撮らせていただきました。

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いつも散歩の際に家の前を通り、さんた(うちの犬です)と一緒に「おはようございます」「暑いですね」などなど色々な言葉を交わし、昨年亡くなったお婆さんの遺影の写真も撮らせていただき、お葬式の最中に皆さんで写真も撮らせていただき、何となく少しずつご近所との距離が近くなって来て、今回初めてご近所で家族写真を撮らせていただきました。

とても明るいご家族で写真を撮る事をとても楽しんでもらえて、いつもの明るい笑顔をたくさん撮らせてもらいました。
僕としては記録として、毎年でも撮らせていただけたらと思うのですが、まだまだ、それは先の夢ともなるでしょうか?

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先の夢と言えば、この写真を撮ってデータをお渡しする際に写真を見ながら、お話をしている時に出てきた言葉、思いがありました。
「この里の家の人達を全員家族写真を撮れたら、それだけで良い写真展ができますね。」
面白いと思うのですよね。僕が住んでいる場所は井之内という地名が着いているのですが、井之内に住まわれている人達全員の家族写真なんてあったら、それだけで、この地域がどんな場所かを説明できてしまうような、そんな気がしました。
果たして、地域ごとに少しずつその表情は違ったりもするのでしょうか?
まさに夢のような話ではあります。

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地元に写真屋さんがおります。
ぜひ、家族写真を地元の写真屋さんに頼んでみてはいかがかな?と思ったりします。
もちろん気に入った写真屋さんがおりましたら、その人に撮ってもらうのも良いと思います。
写真は記録ではありますが、記録から聞こえてくる声があったりするのも写真であったりします。
そして出来たら毎年の移り変わりを残せたら、一番良いなと思います。

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僕が写真を撮りだした頃にアルバイト先の上司からこのような話をしてもらいました。
「以前に広告のポスターでね、あるお爺さんが生まれた時から毎年撮っていた肖像写真70数枚を一枚のポスターの中に並べたのがあってね。それは凄かったよ。何も言えなくなるくらいの力があるんだよ。」
人の一生が一枚のポスターに描かれているという事のように感じます。
そこに写真の記録としての凄さがあるように感じます。
そんな凄いものを作ろうというのでは無いのですが、でも、記録を残していくという事を少しやってみると面白いを少し通り越して、何やら哲学的に語ってくれさえするような、ふと立ち止まり考える時を与えてくれるような、他愛も無い時間だけれど、意外と大切な、そんな時間を作るきっかけを与えてくれるように思ったりします。


※ディスカバリーの家族写真はこちらでもご紹介しております。

追記
※新しく「千の記念写真」というプランを作りました。この記事の撮影をさせていただいた事をきっかけに新しいプランを作る事といたしました。今回は当事務所より20キロ圏内の方へのプランとなっております。どうぞ、よろしくお願いいたします。

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「銀河鉄道の夜を思いだすよ」と言われたパンフレットの写真

学校の入学案内パンフレットの撮影をして

数年前に撮影をした学校の入学案内パンフレットの撮影が今でも心に残っています。
その撮影は初めて伺う学校で初めて仕事を一緒にさせていただく広告会社の方との仕事だったのです。なので僕も相手方も手探りのようなところがありました。何度かに渡って学校に行き、学校としては、どのようなパンフレットにしたいのかを直接校長先生にお聞きし、(なんなら先生の理想の未来まで尋ねてみたりして。。)それを持って広告会社の方はどのような仕上げを見ているのか?そんな事を僕は頭に入れながら、自分なりにどのような写真を撮って行けるかを想像しつつ、学校の雰囲気や周辺の環境などを見てまわりました。
何度目かの学校へ伺った時の事、ビオトープを学校のクラブにしているという話を聞きました。そして、そこを何とかパンフレットに使いたいという事を広告会社の方が言っていたので、その場所に向かったのです。
そこは今の日本ではほとんど見る事のできない電柱の立っていない里山でした。
一目見て、ここは良い所だと思える場所です。
ここで子供達が自然と戯れながら学ぶわけです。
どんな絵になるのか?瞬く間に妄想が膨らみ始めます。
どんな生徒達がこのビオトープに来るのだろう?どのようにして生徒達はここに居るのだろう?風の音と鳥のさえずりだけが聞こえてくるこの場所で。

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パンフレットの撮影は学校の授業や先生、生徒達、その他のクラブなどの撮影も当然行われ、最後にこのビオトープに行きました。
僕は撮影の当日に1人で少し早めに学校に到着して、ビオトープのあるこの里山に行きました。もう一度、この場所を肌で感じておきたかったのが一つと、個人的にこの場所を眺めていたいという思いがあったからです。
撮影は四月に行われました。麗らかな日差しの中で春を待っていた花々が咲き、そこにチョウチョや虫達が戯れて、優しく風が吹きく、そんな景色を何も考えずにぼうっと眺めていると、後ろから自転車に乗ったお爺さんが通り過ぎていきました。
「長閑」そのものの景色でした。
そんな景色を胸いっぱいに吸い込んで撮影に向かい、そして最後のビオトープの撮影となったのです。
クラブの生徒や先生達とは校舎から一緒に歩いて向かう事になっていました。現れた生徒達は皆元気に話をして笑って跳ねるように歩いていきます。
僕も何かテキトウな事を話をしたように感じますが、あまり憶えていません。
ただ、皆と一緒にあの電柱の無い里山の景色に向かった柔らかい時間だけが記憶にあります。

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さて、その場に辿り着き、彼らは何をするのだろう?と僕はまず彼らの行動を観察をしていました。僕の中では、少しだけ「まぁ現代の子だから」という色眼鏡があったのは間違い無く、泥や虫にキャーキャーと言うだけの状態も覚悟はしていました。
すると、キャーキャーはあったのですが、全く良い方向に彼ら裏切ってくれました。
女の子が手のひらに小さなカエルも持ってやって来たのです。
女の子の笑顔とカエルがキラキラと光って見えました。僕が子供の頃は当たり前の景色でした。でも今は虫を持てない子供達がたくさん居るのです。

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他の生き物達と普通に接し笑顔で遊ぶ彼らは、まさに健康という言葉がピッタリ来る姿を僕に見せてくれました。
学ぶとは、このような事なのだろうと思わせます。
規定の路線では学べない意外性が自然には満載です。
そこで経験と智慧を学ぶ、生きる事の本質は、こんなところから学ぶのでは無いか?と思います。
今の世の中は国から与えられた教科書を憶えないと良い就職ができない仕組みになっているようですが、それはお金を得るためのものであって本質的な生きるとは関係の無い事であったりすると感じます。
もちろん、お金が無いと生きていけない世の中になっては居るのですが。
でも、と僕は思いました。
生きていく事がキラキラと輝くためには、必要な事がある。
それは生きている実感なのでは無いだろうか?と。

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彼らは田んぼの畦道を踊るように歩きます。木々や草花の緑色と大地の茶色と空の青色の中に彼らの笑い声が聞こえてきます。
先生と生徒が共に歩き、供に学ぶような姿は美しく、元気で、優しかったです。
この写真はパンフレットの裏表紙を飾りました。(僕としては表紙で良いだろう。と思ったのですが、どうやら大人の戦略があったみたいです。(苦笑))
写真を見て、校長先生がこのように言ってくれました。
この写真は「大きくして校長室に飾るよ。まるで銀河鉄道の夜を思いだすようだよ。」と。
とても嬉しい言葉でした。自分の撮った写真に宮沢賢治の世界を投影していただけるなんて。

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※ フォトイズディスカバリーのパンフレットのページで他の写真も紹介しています。

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十枝の森で自然を思う

十枝の森

この森に行ったのは友人に紹介されてでした。
とても素敵な森だと言われました。

僕は、もうずいぶん前から自然に関して色々と考えたりする事が多くて、頭でっかちなくらいに自然について考えていました。
僕の自然へのアプローチは「心の自然」、ようするに自然体の心でした。
穏やかな?そうでも無いし、静かでも無いし、だって自然は荒々しいこともあれば、冷たいこともあるし、暑いこともあれば、厳しいこともある。
そうして考えると自然とは何だか解らなくなって、ある日、自然の反対語は何だろう?と思うようになりました。
自然の反対語・・。これはなかなか難しかったのです。が、ある日ふと頭に浮かびました。
蟻の巣や鳥の巣は自然と言うけれど、人間の家は自然とは言わない。
獣道は自然と言うけれど、人間が作った道路は自然とは言わない。
虫も鳥も獣も人間も自然の一部なのは間違いが無い。
自然の一部の生き物が同じように何かを作ったのに、片方は自然であり、片方は自然では無い。
この自然の反対語とはいったい何か?で考えついたのが、自然とはモノでは無い。
自然とは、そのエネルギーの流れ方なのでは無いか?
自然とは、流れ方の様子のことを言っているのでは無いか?
そんな答えでした。
無理の無い、横車を押すような事の無い、上から下へ落ちるべくして落ち、登るべくして登る、止まるべくして止まる。
それが自然なのだと思いました。
そして後に、ある本で自然の語源を知りました。

それは「自ずから然るべくようになる。」

この語源は僕が若い頃に随分考えていた事をそのままに現している言葉でした。
そして、この言葉は今の自分のプロフィールのページでも使わせてもらっています。

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そんな自然という概念が好きな僕は森という存在が好きです。(自分の名前なので変な感じですが)
僕が幼い頃に育った東京の清瀬市という場所には大きな森がありました。
僕はよくその森の中に入って遊んでいました。友人とも1人でも、よく遊んでいました。
森の中で色々な音を聞き、光を見、生き物と出会い、たまには怪我もして、森の中で過ごしていました。
それは、都市化が進みつつある東京においては、置き去りにされていた雑木林でした。
誰かが持っている土地だったのだと思いますが、森と共に生きる生活から離れた人々に手放されたように、自然のままに木が生える森でした。

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そして、ようやく本題の十枝の森です。
人が管理をした森。そんな言葉を聞いた瞬間に僕は少し引いてしまいます。人を信用していないという事かしら?(笑
でも人が入ると自然が壊れるというのは地球上で証明され続けて来た事で・・・。
なので、今回こちらの森を紹介してくれた友人が、もし僕と同じような自然感の人で無かったら十枝の森に行って無かったように思います。
それでも、期待半分で行きました。(苦笑
僕らが森に着いた時は誰も居ませんでした。
ただ、森が持っている気持良さは車を置いた場所からも少し伝わってきました。

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十枝の森は、お婆ちゃんの家の周辺を囲んでいます。
木々の立ち方が、そこにあるように立っていました。
意図的にそこに木を生やすには、仙人のような人が必要でしょう。
お庭には小さな道がついています。それは人が渡るように着いた道でしょう。(そう感じられる道です)
草花が群生するように生えています。はたして群生させるように植えたのでしょうか?
僕には植えたようには見えませんでした。
亡くなった十枝の森のお婆ちゃんの言葉が浮かびます。

「特別な事は何もしていないの」
「鳥が運んできたり風に乗ってやってきたりした種たちが、木になり花となって自然が森を作っているの」

自然と共に寄り添うようなその言葉が、この森をそのままに表現しています。

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庭を歩き回ると色々な角度から、同じ場所を見る事ができます。
その見える景色が良いのです。
無理の無いその景色に居心地の良さを感じます。
大きな椎の木が庭に立っていました。
きっとお婆ちゃんより年上です。でもその木はこれからも立ち続けるのでしょう。
花々の間をチョウチョや蜂達が飛んでいます。
草の中ではバッタが居ます。
そのバッタはカマキリに狙われています。
そんな景色は自分の家の庭でも見られる景色です。
同じ景色なのに何故か十枝の森の方が時間がゆったりと流れているように感じるのです。

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今僕は自分の家の庭によく出ます。
もちろん、こんなに大きな庭では無いけれど・・。
でも、お婆ちゃんと同じように自然が好きなつもりで居ます。
同じように自然という事を感じているつもりで居ます。
でも、同じようにはならないという事は
きっと頭で解って口で言っているだけで、心で解っていないのでしょう。

生きている間に一度、お話を聞いてみたかった。

※ 十枝の森の写真はもう少しだけPhotoisdiscovery十枝の森で紹介しています。

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八鶴亭写真プラン

八鶴亭という料亭が千葉県の東金市の八鶴湖の湖畔にあります。
八鶴亭の建物の中で一番旧い建物が「銀杏館」という建物で大正期に作られました。その他の本館や新館も昭和初期の建物で新館は木造三階建ての建物です。

そんな築百年以上の建物の中で写真を撮りませんか?というプランが「八鶴亭写真プラン」です。

 

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(上の写真は2015年の春の写真です)

一口に百年と言うと、何かすごく古くて違う時代のようにも感じますが
しかし、大正期から昭和初期にかけての建物というのは、ほんの少し前の日本の建築という感じで僕の年代であると、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気です。
それは、たぶん小さい頃に行った、お爺ちゃんの家とかに似ている感じがするからでしょうか。
その時代の建物は四角いのに、なぜか丸い感じをさせます。暗いのだけれど、温かくもあります。どこか人の温もりに似ている気がします。手作りなのかな?雰囲気は。

いつの日か、そんな建物の姿が見えなくなった日本ではありますが、この八鶴亭はそんな雰囲気を一杯に持った建物なのです。

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(上の写真は八鶴亭でお雛祭りの飾りをした時の銀杏館の二階の部屋の様子です)

そんな温もりを感じさせる建物の中で、「お宮参り」や「七五三」のお祝い。入学式や卒業式の記念。成人式、ご結納、そして同窓会など、人々の温もりを感じる会を催せたら、そしてその温もりを写真に納める事ができたらと、そんな思いでこのプランを作ってみました。


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(上の写真は銀杏館の一階の部屋です)

上の写真は中学校の入学式のお祝いの時の写真です。
妹と一緒に窓際で仲良く話す姉妹の写真です。
気が付けば時間はアッという間に過ぎてしまいます。
だから、この時を残しみませんか?という、ご提案です。

 

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(上の写真は銀杏館前のお庭で撮影した写真です)

 

こちらに八鶴亭写真プランのご紹介のページがあります。

料金や撮影内容等も詳しく記載しておりますので、どうぞご覧ください。

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