Category : 家族写真

神宮の杜で写した七五三の写真

明治神宮は広大な森に覆われた大きな神社で、東京では有名な神社です。
この神社の森は人工林なのですが、一般的に想像する人工林とは違って、いかに天然更新ができるか、という事を想定して植樹された人工林のために、見た目には完全に自然林のようです。
鬱蒼としたその森は通路から中に入るのを現代人では躊躇するほどの、どこか逞しさくらい感じ、人が自然に触る事の可能性すら感じさせてくれます。

071

そんな神宮の森で七五三の写真を撮りました。
社殿での撮影は禁止されているのですが、境内での撮影はできるので、広大な境内を歩きながら色々と写真を撮りました。
神宮の森の中ではイベントも行われていて、多くの人が歩いていたのですが、それでも境内が広いから写真を写すポイントはけっこう見付かります。

074

今回は男の子の七五三です。
服装は少し公家さま風でしょうか。少々雅なその姿で遊びながら写真を撮っていると
万葉の時代にも、こうして遊んでいた子が居たのかな?なんて想像してしまいます。

072

※ディスカバリーのホームページ内「七五三の写真」にはもう少し写真が掲載されています。

Pocket

八鶴亭で撮る成人式の前撮り撮影

今年から始めさせていただいております。八鶴亭写真プランで成人式の前撮り撮影をさせていただきました。
八鶴亭は東金市にある八鶴湖畔に建つ料亭です。
起源は江戸時代から始まるとされており、大正時代には八鶴館として旅館を営んでいました。
現在では料亭として当時の姿を残しながら営業をされており、現存する最も古い建物は大正時代に建てられた銀杏館という建物で、すでに百年の歳月を経ています。
そんな旧き良き面影を残す木造建築の八鶴亭ですので振袖姿はとてもよく似合いました。
旧くから残る木の建物と日本の伝統の着物ですから、似合わないわけは無いのですね。
旧い建物は時間の流れも現代の流れとは違うようにしているようです。
大きな木を見ていると時間の流れが違うように感じるの同じ感じでしょうか?

ゆっくりとした時間を感じる八鶴亭で撮影した写真を少しご紹介いたします。

15-11010
上の写真は新館からビリヤード棟、大浴場へと向かう渡り廊下です。
現在ではあまり使われていない場所ではありますが、撮影の際には八鶴亭さんのご好意で使わせていただいています。
この渡り廊下も昭和初期に造られたもので窓に使われているガラスも当時のものがそのままに使用されています。

15-11009bw
こんな風に白黒写真にしてしまうと、平成の現代に撮影されたものとは思えなくなってきます。
昭和?もう少し前、大正?明治?

15-11016
上の写真は銀杏館の二階です。
周囲は木に覆われ、一階で撮る時とは違い、柔らかい木漏れ日に包まれます。(撮影は11月29日)

15-11018

こうして撮影をしながら八鶴亭の中を巡ると、こちらも時間を超えて百年以上前の景色の中に居るような気持になります。

でも。。

15-11019

当然、現代なのです。
この板はスマホです。。

八鶴亭で撮る成人式の前撮り撮影のご紹介でした。

撮影のご希望は八鶴亭写真プランのページをご覧ください。
また、今回掲載した写真の他の写真は「八鶴亭写真プラン 成人式前撮り」ページをご用意しています。どうぞご覧ください。

Pocket

七五三の季節です。

七五三

三歳と七歳に女の子 五歳に男の子のお祝いをするのが七五三とされています。

七五三の由来は解っていないみたいです。
最も古いとされる歴史は中国の道教から来る思想とされているようです。
三歳になるまでは人の記憶が曖昧で、それまでは天の記憶、神の記憶で
五歳になると大地の要素「木、火、土、金、水」を受けて
七歳になると天空の要素「太陽、月、木星、火星、土星、金星、水星」を受ける
そんな思想を取り入れたものだという説です。
きっと自然との関わりの中で、子供が病などで死ぬことも多く、また子供の頃の様子を見ている大人達が、無垢なその様子に神聖なものを感じた、とするのかも知れませんね。
子供達を見て、無垢な輝きを感じる。そんな意識は今と変わらないのかも知れません。
そんな思想を取り入れて平安時代の日本では公家や武家の間で七五三の元になったと思われる行事が行われていたようです。
「日本では」というのは、当の中国では七五三のような行事が行われたという歴史が見付からないのですね。なので七五三は海外の文化を日本流にした行事なのですね。

itofamily81080008

その後ざっくりと江戸時代まで降りてきます。

徳川の第五代将軍綱吉が自分の息子の成長を祈ったのが11月15日で、以来11月15日が七五三の日になったとも言われています。
まぁ諸説あるのですが、この辺りが有名な話ですね。
七五三のこの意味や、三歳は女の子、五歳は男の子、七歳は女の子というのも、またまた諸説あって面白いなと思います。
ちなみに七歳の七五三の着物は帯を巻き、三歳では巻きませんね。これは「帯解きの儀」というようで、それまで紐だったものを帯に変える事だそうです。女性になるという事なのですね。
現代では、その感覚はピンと来ませんが、形としては残っています。たしかに三歳の時の着物姿と七歳の時の着物姿では随分違う印象がありますね。

katoonofamily12-46110016

一般庶民の間で七五三が広まったのは明治になってからと言われています。

それまでは誕生日とか、お正月とか、三歳だけとか地域によって様々だったのが
明治からの新暦で、11月15日にいっせいに七五三をするようになったから「七五三」という行事が今のように全国的に行われるようになって伝統行事のようになったと言います。
なので、それまでの七五三は今のようでは無いという事なのですが、千歳飴はあったのですよね。。千歳飴は江戸時代からで、江戸の商人が作り出したとか大阪から江戸に来た商人が作り出したとか言われているのですが、何にせよ江戸で売り出した飴なのです。どちらの説ともに1600年代に売り出したのですから綱吉が子供の為にお祝いをした七五三とほぼ時を同じにしていると言えるのかな?なんて思ったりします。
ですので、庶民の間では今のような七五三の行事は無かったとしても、御上にあやかるようなお祭り的な楽しみ方はしていたのだろうな。なんて思ったりしますね。

utano08

道教から歴史を見て来て思うのは

どの時代の親も、きっと子を見る顔は変わらなかったのだろうな。
そんな想像が時代を超えて見えてきます。

 

※家族写真や七五三の写真をディスカバリーの家族写真のページでご覧になる事ができます。

追記 七五三の写真のギャラリーページを作りました。(2015年10月17日)

Pocket

お隣のご家族の家族写真を撮りました。

家族写真

こちらの里で我が家がお世話になるようになって十年の歳月が流れました。
そして昨日、我が家の隣(と言っても広大な空き地を挟んだ隣ですが)のお宅の家族写真を撮らせていただきました。

02DSC_6737

いつも散歩の際に家の前を通り、さんた(うちの犬です)と一緒に「おはようございます」「暑いですね」などなど色々な言葉を交わし、昨年亡くなったお婆さんの遺影の写真も撮らせていただき、お葬式の最中に皆さんで写真も撮らせていただき、何となく少しずつご近所との距離が近くなって来て、今回初めてご近所で家族写真を撮らせていただきました。

とても明るいご家族で写真を撮る事をとても楽しんでもらえて、いつもの明るい笑顔をたくさん撮らせてもらいました。
僕としては記録として、毎年でも撮らせていただけたらと思うのですが、まだまだ、それは先の夢ともなるでしょうか?

02DSC_6768

先の夢と言えば、この写真を撮ってデータをお渡しする際に写真を見ながら、お話をしている時に出てきた言葉、思いがありました。
「この里の家の人達を全員家族写真を撮れたら、それだけで良い写真展ができますね。」
面白いと思うのですよね。僕が住んでいる場所は井之内という地名が着いているのですが、井之内に住まわれている人達全員の家族写真なんてあったら、それだけで、この地域がどんな場所かを説明できてしまうような、そんな気がしました。
果たして、地域ごとに少しずつその表情は違ったりもするのでしょうか?
まさに夢のような話ではあります。

02DSC_6817

地元に写真屋さんがおります。
ぜひ、家族写真を地元の写真屋さんに頼んでみてはいかがかな?と思ったりします。
もちろん気に入った写真屋さんがおりましたら、その人に撮ってもらうのも良いと思います。
写真は記録ではありますが、記録から聞こえてくる声があったりするのも写真であったりします。
そして出来たら毎年の移り変わりを残せたら、一番良いなと思います。

02DSC_6796

僕が写真を撮りだした頃にアルバイト先の上司からこのような話をしてもらいました。
「以前に広告のポスターでね、あるお爺さんが生まれた時から毎年撮っていた肖像写真70数枚を一枚のポスターの中に並べたのがあってね。それは凄かったよ。何も言えなくなるくらいの力があるんだよ。」
人の一生が一枚のポスターに描かれているという事のように感じます。
そこに写真の記録としての凄さがあるように感じます。
そんな凄いものを作ろうというのでは無いのですが、でも、記録を残していくという事を少しやってみると面白いを少し通り越して、何やら哲学的に語ってくれさえするような、ふと立ち止まり考える時を与えてくれるような、他愛も無い時間だけれど、意外と大切な、そんな時間を作るきっかけを与えてくれるように思ったりします。


※ディスカバリーの家族写真はこちらでもご紹介しております。

追記
※新しく「千の記念写真」というプランを作りました。この記事の撮影をさせていただいた事をきっかけに新しいプランを作る事といたしました。今回は当事務所より20キロ圏内の方へのプランとなっております。どうぞ、よろしくお願いいたします。

Pocket

八鶴亭写真プラン

八鶴亭という料亭が千葉県の東金市の八鶴湖の湖畔にあります。
八鶴亭の建物の中で一番旧い建物が「銀杏館」という建物で大正期に作られました。その他の本館や新館も昭和初期の建物で新館は木造三階建ての建物です。

そんな築百年以上の建物の中で写真を撮りませんか?というプランが「八鶴亭写真プラン」です。

 

2015sakura003
(上の写真は2015年の春の写真です)

一口に百年と言うと、何かすごく古くて違う時代のようにも感じますが
しかし、大正期から昭和初期にかけての建物というのは、ほんの少し前の日本の建築という感じで僕の年代であると、どこか懐かしさを感じさせる雰囲気です。
それは、たぶん小さい頃に行った、お爺ちゃんの家とかに似ている感じがするからでしょうか。
その時代の建物は四角いのに、なぜか丸い感じをさせます。暗いのだけれど、温かくもあります。どこか人の温もりに似ている気がします。手作りなのかな?雰囲気は。

いつの日か、そんな建物の姿が見えなくなった日本ではありますが、この八鶴亭はそんな雰囲気を一杯に持った建物なのです。

ityoukan035

(上の写真は八鶴亭でお雛祭りの飾りをした時の銀杏館の二階の部屋の様子です)

そんな温もりを感じさせる建物の中で、「お宮参り」や「七五三」のお祝い。入学式や卒業式の記念。成人式、ご結納、そして同窓会など、人々の温もりを感じる会を催せたら、そしてその温もりを写真に納める事ができたらと、そんな思いでこのプランを作ってみました。


DSC_2905

(上の写真は銀杏館の一階の部屋です)

上の写真は中学校の入学式のお祝いの時の写真です。
妹と一緒に窓際で仲良く話す姉妹の写真です。
気が付けば時間はアッという間に過ぎてしまいます。
だから、この時を残しみませんか?という、ご提案です。

 

DSC_2894
(上の写真は銀杏館前のお庭で撮影した写真です)

 

こちらに八鶴亭写真プランのご紹介のページがあります。

料金や撮影内容等も詳しく記載しておりますので、どうぞご覧ください。

Pocket

Powered by: Wordpress