Author Archives: toki_mori

森の中でプロフィール写真?

撮影の御依頼をいただき、メールでご本人のお仕事のホームページやブログなどを教えていただき拝見させてもらいました。
でも、僕にはどうやらイメージが掴めません。
何度かのやり取りをした後に撮影の前日に、お会いする時間を取っていただき、結局そこで得られる何かに期待をするということに相成り・・。
僕はスタジオを持っているカメラマンや写真館では無いので基本的には外で撮影をするか、もしくは、どこかの建物で写真を撮る事になるのですが、ご本人のイメージが掴めないと撮影場所の目星を付けることもできず、僕は手も足も出ないのです。

お会いして色々と伺っているうちに、「どんな人」という僕の勝手なイメージが出来上がって来ました。
湘南の方で、湘南と言えば海なのだけれど、森に行くのが良いなと・・そう思いました。
折よく天候も好天で、光もきっと午前の光の方がお似合いでは無いかと思い、朝早くに知り合いの美容室に来ていただいて、髪をセットしてもらい、このあたりだろうと目星をつけていた場所に行くことにしました。

自然がたくさん残る、その場所は良い所がたくさんあるようで2人で散歩をしながら写真を撮りました。
写真の撮影の為に来たのだけれど、まるで散歩のようなひと時で、いろいろと話をしながら、たくさんの場所を見つけます。

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この写真はまるで少女が森の中を流れる小川にかかった橋を歩いているようで
きっと彼女が10歳の頃はこんなだったのかな?と勝手に想像しました。

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森のトンネルの出口を見つけて、そこに立ってもらうことにしたら
彼女は枝に向かって話しかけ始めました。

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いつもはインドア派と聞いていたのですが、本当にそうなのでしょうか?
木々の歌を歌っています。

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木から木へ渡り歩く鳥のように。
初夏の日差しもあるのでしょうか?とても軽やかです。

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彼女は講演もされるのですが、今日は木の実に向かって?(笑

とても楽しい撮影でした。

彼女は声による心の診断もしてくれるのですが、僕も撮影後に受けさせていただきました。
診断では僕は直感的であるという事で・・・でも、自分では勘が鋭い方だとは思えなく、きっと鋭くも無い勘なのに直感的に動く・・・(汗
歴史の話をしている時はとても思索的であると。歴史がとても好きなのですが、現状においては思考する部分が大きくと出ていて、確かに歴史を数千年前くらいまでの単位で紐解くのはとても好きではあるのですが、実際に現代のその地に立つという体験ははまだまだ知識に対してあまりに少なく、今、自分の中で最もやってみたい事が、興味のある場所に出向き、感じる事だったりしているわけで・・・。
そして凄いのが声の診断で将来という分野も見てくれます。それによると自分と向き合うこと。それってわりと得意分野とその時は思ったのですが、いざ自分の家に帰ってみて、自分が本当に撮りたい写真を具体的にイメージし、今すぐそれに取りかかれるか?と言ったら、あら不思議、肝心な部分が不透明になっているのです。写真を始めた頃は、撮りたいものはとても具体的にあったはずです。
口で言うのは簡単なのだけれど、具体的な形にしようとしたら、あれ?というのはちょっと衝撃でした。

実はこの声診断をする少し前から、もっと撮りたいものを撮らないとダメなのだろうと思うようになっていたのです。
そして一から十まで全て自分で完結させていく写真をもっと撮らなければ、いけないだろうと。
だから、この声診断はとても自分にとってタイミングが良くて。。。
なんて言ったって、撮りたいものは解っていて撮りに行けば良いくらい思っていたのに、おいおい今の僕はリハビリからだよという・・。
何も考えずに当て所も無く歩き出したら、戸惑ったろうなぁと。
なので、この出会いはとても感謝なのです。

ん?プロフィール写真。。はい、プロフィール写真の撮影です。

※声診断は「一般財団法人 日本声診断協会」です。ご興味のある方はこちらにアクセス。。

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「ちひろの記念写真」

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「ちひろの記念写真」はお葬式などで使われる遺影の写真を撮影する事を考えて作ったプランです。
生前遺影というと、どこか抵抗があったりする事が多いようです。
たしかに「終わり」や「お別れ」を告げる写真のようで、「生前遺影」と言われると僕もあまり良い印象がありません。
なのに、どうして遺影の写真を撮るプランを作ろうと思うように至ったかと言うと
ひょんな事から遺影の写真の撮影を頼まれて写した事が数回あって、その写真が使われたお葬式に参列して
多くの方々に「自分も撮って欲しいなぁ」と言われたからです。
「こんな写真が欲しいなぁ」と言っていただいた方々のほとんどは皆お年を召された方々ばかりでした。
ご近所のお婆さんから頼まれ、その方が亡くなり、そのお友達のお婆さんが道で会う毎に写真の事を言って来ます。
ただ、どうしたら撮ってもらえるのか?と思われているようで
考えてみれば僕の方でも何も窓口を用意しておらず、ただ連絡さえいただければ撮りに伺いますというスタンスでした。
それでは頼む方からしてみたら困ってしまうのだと思い
あらためて「ちひろの記念写真」という名前で遺影の写真を撮るプランを用意したのです。

生前遺影の撮影というと、多くの場合は写真館などのスタジオに行ってライティングのほどこされた場所で
椅子などに座って写真を撮るイメージだと思うのですが
僕は写真館では無いのでスタジオがありません。
また、前述したお婆さんが僕と話をしている時に側に居たお友達のお婆さんに
「あんたも撮ってもらおうよ。普通にいつもの顔で笑ってるんだからさ。ああいうのが良いよ。」
そうおっしゃっていたこともまた、スタジオでは無く出張で写真を撮りに行った方が良いと決断させる
大きな決め手でした。

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何度か撮った事のある遺影写真ではありますが最初は僕の祖母でした。
まだ、カメラマンになどなっていない頃(きっと僕が二十歳の頃だと思います。)お婆さんが僕に
「おい、時尚。おまえカメラを持っているのなら、おれを撮ってくれ。」(僕の祖母は自分の事を「おれ」と言っていました。)
「え、なんで?」と聞き返すと
「おら死んだ時の写真が無いからよ。写真を残しておかないとよ。」と。
まだ尻の青い僕は、なんて縁起でもない事を言うんだ。そう思いながら外に出て
上だけ着替えて来た祖母を目の前にしてカメラを構え、少し複雑な気持になりながらシャッターを切りました。
それから8年くらい経ってでしょうか?祖母は亡くなりました。
そしてその写真は遺影に使われました。
今でも仏壇の隣にその写真は飾られていて、僕はその時の様子をしっかりと憶えています。
また、その道はすでに引っ越しをしてしまった以前の東京の家の前で
そして今から30年以上も前の風景で
今その場に立てば、あの頃の思い出はとても良く思い出されると思うのですが
でも、その場はあの時とは全く違う景色となっているはずです。

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遺影を初めて意識したのは、たぶんまだ小学校の頃だと思います。
意識と言っても遺影を撮るとかでは無いです。
父の実家に遊びに行った時に、部屋の長押しの上に掛けるよに飾られた亡くなった方々の数々の遺影を見た時
白黒の写真で写っているお爺ちゃんやお婆ちゃん、中にはまだ若いお兄さんのような人。
その背景にある見た事の無いような古い景色。
今でも憶えている写真もあったりします。
子供にとっては少し恐い、不思議な写真でした。
いったいこの場所はどこなのだろう?写っている人は誰なのだろう?
父の実家でその写真を見る度にそんな事を思っていましたが、結局それを尋ねる事はありませんでした。
そして、今また多くの方々の家にお邪魔させていただいた時に見る遺影。
そこには多くの思い出があるようで、そして全く見知らぬ僕が、その写真を見て何かを思ったりするのです。
現在ならば前回の戦争で亡くなった方々の写真もあり
それが遠い過去の事だとは思えないような気持になったりもします。

遺影写真とは、たぶん様々な写真の中でも最も長い時間飾られ、不特定多数の人達に見られる写真で
そこにある写真は後の人々に多くの事を語ってくれるように感じます。
遺影写真はお葬式の時に祭壇に乗るだけの写真では無いのです。

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僕が今回遺影写真の撮影をしようと思った背景には、そんな様々な経験が重なったものだと言えます。
それと、遺影写真を撮る時は、できうるならば家族も一緒に家族写真として残したいなとも思っています。
と言うのは、この数十年で写真を撮るという形は大きく変化をして
誰でも写せる「写るんです」というようなインスタントカメラができ、ポラロイドで写真を撮り、デジカメができ、今ではスマホで写真を撮るようになり、本当に手軽に写せるようになったのですが
なかなか三世代一緒で、などの家族写真をあらためて撮りましょうなどという機会が減ったようだからです。
もちろん絶対に家族と一緒に写真を撮らなければいけないと言うわけでは無いのですが
意外と、できるなら一枚くらいは写真を一緒に残したいという方がいらっしゃると思うのです。
そして、短い時間ですが、写真を撮るという遊びの時間を過ごしていただけたら
それもまた、良い思い出になったりするのかな?と思ったりしています。

長くなりますが、もう少しだけ書きます。
実は遺影写真を撮る上で、少し問題になるのが、お爺ちゃんお婆ちゃんの息子さんや娘さんであったりする事が多いようなのです。
それは、きっと、現代の日本の世の中が作り上げた、死が見えない社会(人の死だけで無く)から出てくる気持であって
現代社会で生きているという事を考えると、しかたが無いと言える事なのかも知れません。
でも、少しだけお年を召された方々の気持に寄り添ってみてもらいたいなと思ったりします。
歳を取ったから死が恐く無いとか寂しく無いとか、そんな話は無いと思います。
でも、順番に訪れるものであって、いつかは必ず誰にでも訪れて、それは歳を取っていれ当然順番は早く廻ってくる可能性は大きくて
何となくだけれど、どうせ葬式を挙げるなら良い写真を飾って欲しいなとそう思っているだけなのでは無いでしょうか?

死はしばしのお別れで寂しい事ではあるけれど、嫌わないで欲しいと思うのです。
喜んで死を迎えるなんて事は有り得ないだろうと思うのですが
良い思い出を作って次の世代に残すというのは、とても良い事だと思うのです。
優しげな笑顔の写真を残す、ほんのちょっとの贅沢と、次の世代へのプレゼント。
そんな風に考えていただけたら良いかな?と思うのですが、いかがでしょうか。

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最後に「ちひろの記念写真」と名付けた理由を書きます。
「ちひろ」とは、とても広く、どこまでも深く、という意味の万葉言葉です。
「千尋の海」というような形で使われる言葉です。

「ちひろの記念写真」はたくさんの方々の笑顔を残せたら良いなという思いでつけた名前です。

「ちひろの記念写真」はホームページに値段と撮影時間などが掲載されています。
 また、斎場「ジロイム」「カワシマ」「山東会館」さまにパンフレットをおかせていただいています。
 その他「勝覚寺」さまにもパンフレットがありますので、お越しの際はご自由にお持ちください。

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八鶴湖と桜と学生服に昭和を少し感じながら。

今年で二度目、八鶴湖の桜を写真に撮る為に出向いたのは。
でも、八鶴湖に桜の時期に初めて訪れたのはもう十年も前だろうか?長女が高校に入学するよりも前だったと思う。
その頃は八鶴湖の歴史も知らずに居たし、今ではずいぶんお世話になっている八鶴亭も、ただこの場所に旧い建物があるのだなと思うだけだった。
その後、地元の人達とのお付き合いも始まって、今は八鶴湖の数十年前の桜祭の写真もスキャニングして持っている。

花祭り 昭和34年、4、1

この写真は以前にこのブログに投稿した初出の写真と同じ方が撮影したもので、いつかはちゃんとした記録として、どこかに発表するものだと思っているのだが、今のところは適切な機会を得ていない。
しかし、奇麗な和服の女性と桜とお酒とにやけたおじさん。なかなか良い写真では無いかと。

この他にも当時は花祭りパレードと称して四月十五日にお祭りをしていたようだ。

 

さて今年の八鶴湖の桜なのだけが早くに春が来ると世間が開花に色めき立ったのを他所に、気温は上がったり下がったりを繰り返し結局桜が満開になったのは例年通り四月の初旬となった。
高校に入学したばかりの学生たちをお祝いするかのように暖かくなった気温とソメイヨシノの柔らかなピンクが心地よい。

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この写真はまるで昭和の映画の一コマのようで僕は好きだ。
恐れ多いが映画監督の小津安二郎を想像しながらシャッターを切った。
あの白黒写真の頃の映画は心地よいリズムを持っていると思う。学生服というものにも、また一つの何かご意見のようなものがある事も多少は承知しているが、こんな景色を見ると学生服って良いなと思ってしまうのは、きっと小津映画の時代の印象からのような気もする。

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こちらは女学生と桜。(女学生が古い?なんとなく気分を出して。。)
足早に通り過ぎて行くのはカメラに気が付いたからだろうか。

桜祭りの頃の八鶴湖は人が多い。きっと一年の中で最も人出が多い時期となる。でもそれは賑やかという程度のものであり、喧噪とは違うその様子は対して苦にもなら無いし却って微笑ましいくらいのものなのだ。が、こうして人が多く見えるとつい人の居ない場所を探してみたくなる。脇道はいつも僕にとって魅力的なのだ。とは言ってもこの日はこの後に用事があるので近場の脇道を選んでみた。

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八鶴湖から逸れる事、わずか100m程度だろうか。(苦笑
池に隣接する公園の裏にはこんな素敵な桜の道があった。できればブルーの金網が無ければと、できれば道路を舗装をしてないければと思うのは、そこに生活をしていない人間の勝手な思いなのだろうな。柔らかな桜の花と公園から聞こえる子供達の声が良い時間を作っていた。

見上げてみれば、あー昔は良くこうして木の写真を撮っていたなという久しぶりの構図。

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とにかく日本の昔の芸術が好きだった、あの頃を思い出す。

今年の桜でした。

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桜雨の少し前 成人式の前撮り撮影 八鶴亭

先日、早くも桜の花が開花すると巷を騒がせていた頃、東金市の八鶴亭で成人式の前撮り撮影をしました。
桜の花が・・・などと話題になっていたので、もしかすると、と思っていたのですが当日は小雨が降るお天気で、また気温も上がったと思えば肌寒さを感じるような気温に下がり変な期待はすっかり裏切られてしまったのだけれど、逆にいつもとは少し違ったパターンでの撮影となりました。

八鶴亭の話題が多いこのブログなので、何度かこのブログに訪れた方はすでにご存知かと思いますが八鶴亭は100年以上建ち続けている木造建築の建物です。現在、玄関のある本館は新しいとは言え戦前に建てられたもので、やはり現在の風情とは違った趣きがあります。
いつもなら八鶴湖の周辺を少し歩いたりするのですが、足下の悪い今日は玄関先での写真から撮り始めたのですが、ならば、いつもより玄関の周辺を片付けましょうと思い立ち、まわりにあったもの全て陰に隠してしまいました。。

 

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と言いつつも、この写真では解りませんね。(苦笑

次に向かったのは僕が好きな渡り廊下です。
木造で作られた渡り廊下は橋のようになっていて新館からビリヤード棟、お風呂場に向かう道なのです。木造建築だからでしょうか、どこかに優しさがあります。
今回、「八鶴亭写真プラン」をご利用いただいた方は成東に住まわれる方で八鶴亭は知っていたけれど、八鶴亭に入るのは初めてという方でした。何度が八鶴亭でお食事をされた事のある方でも滅多に入る事の無い、この渡り廊下です。玄関の撮影が終わってから渡り廊下にご案内すると「わぁー」という声が聞こえました。面白いのですよね、この建物は。決して建築の専門家では無くとも、面白いと感じられる建物です。

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今回は僕の得意の(笑)真っ直ぐにこちらを向いて立ってもらうところから写真を撮りました。
どんなパターンで撮りだすかはその時の雰囲気で進めちゃうのですが、今回は「とりあえず、真っ直ぐにこっちを向いてもらおうかな?」と言って始めました。ちょっと好きな感じです。
外は小雨が降る天気、なのでいつもよりは均等に両側の窓から光が入って来ます。そして光も柔らかいです。


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晴れの日はもちろん良いのですが、優しい光の雨もまた良いものです。
なんでしょう。「成人になるのだな」と思ったりしました。

そして銀杏館へ向かいます。
こちらが現存する建物の中では最も古い大正時代に建てられた建物で窓からお庭を眺める事のできるお部屋です。
これまた写真には無いのですが、床の間が四つ並ぶ作りで、、えっと教えてもらったのだけれど忘れてしまいました。何とかって言う作り方だそうです。

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まだ、少し雨が降る中でしたが、窓を空けて外からの写真を撮りました。

八鶴亭での撮影は、いつも時間の感覚を少し変えてくれます。
それは、穏やかな優しい時間の流れ方な感じです。古い建物が持っている時間の流れなのでしょうか。ちょうど古木に触れた時と同じような、そんな感覚に似ていると思います。

もう春が目の前に来た、そんな時期に撮影した八鶴亭での成人のお祝い記念の写真でした。

八鶴亭の写真撮影にご興味のある方はぜひお問い合わせください。
「八鶴亭写真プラン」

こちらのページでこの記事に使用した写真の続きがご覧になれます。
「桜雨の少し前 八鶴亭の成人式の前撮り撮影」

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八鶴亭のお雛様

去年から数えれば、これで三回目の八鶴亭のお雛様の写真。
つい最近は夜の八鶴亭でお雛様の写真を撮った。
古い木造の建物の明かりは、ほの暗く、それはそれでなかなか雰囲気のあるものだと思った。

そして今日は午前中の明るいうちに、もう一度写真を撮らせてもらおうと八鶴亭を訪れた。
今日は珍しく友人と共にやってきた。
友人は「ひな祭りなのだから」と着物を着て現れてくれた。
僕には、そんな心遣いは無く「なるほど」と思いながら、お雛様を楽しむその姿が何やら嬉しかった。
そして八鶴亭に到着し、銀杏館に飾られる、お雛様を見ていると
和装でお座敷に正座してお雛様を見る姿が目に入る。

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良い絵ですね。
そして悪い癖とでも言うか、ここに座って欲しいとリクエスト。
でも、本当はただ、お雛様を見ている姿の時が一番良かった。(苦笑

その後、ふたりで色々と話をしながら、たまに写真を撮る程度。
それが良かったように感じた。

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次の撮影の機会には、もう少し近づけるように精進します。お雛様。

※追記です。
こちらに八鶴亭のひな祭りの写真をアップしました。夜のお雛様も見れます。

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