写真 房総半島第六巻

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里山の中を自転車で抜けるお婆さん

長閑な風景だ・・・
と思うがギリギリだなとも思うのは
壁がコンクリートだからだろうな・・・

木漏れ日

連れて行かれる。
草に覆われた道

たまに見つけられる大切な道。
玄関前のタタキにチョークで絵を描いた風景

花の咲く道。
畑と家とお婆さん

遠くに立つおばあさんに平和を感じる。
バス回転場の看板

バス回転場
里と里を繋ぐ道

いい道だ。
小さな街灯

ほんのり明るいだけの街灯は
まるで自分の位置を指し示しているだけのようだ。
それが優しさを感じさせる。

溜め息をつくような夕焼け

電柱と空

景色そのものには意味が無い。
奇麗な夕焼けに一直線の飛行機雲

こんな世界に住んでいる。
人家に向かう曲がった道

この景色の良さは人間力の限界にある。

草に覆われた階段

荒れた方がほど良くなるのは決して良い事では無い。
山の中の小さな社

森に溶けている。
誰も通らなくなった道

意に介さず。
国道、鉄道、農道の立体交差

時の交差点。

海辺で夕焼けに佇む子供

打ち上げられた船に駆け寄る子供 九十九里浜

船と子供。

九十九里浜 子供達が走って遊ぶ
夜に向かう空

夜が降ってくる。

年老いた公園

公園が老人になっている。





「再発見」その言葉は自分に言っていたのかも知れない。

「放射能」それまではSFの世界の言葉のようにしか感じていなかった言葉が目の前の現実として現れた。
何を見ても、その言葉は頭に付いて回っていた。だけど、世界はまるで何事も無かったかのように、それまでと同じように動いていた。不思議な孤独感を感じていた。
この先、どうなるのだろう? 全く見えない状況の中、それでもいつか振り返れる時代が来るかも知れない。

もしかしたら一千年後の未来の人達が今の我々の時代を何かの物語にするかも知れない。それは我々が平安時代の物語を作るように。
ただ、我々は平安時代の物語を作る時は、しっかりとした時代考証はできない、想像の領域を超える事が無い、なぜなら市井の人達の声が残っていないからだ。
ありえない話だが僕の写真を一千年後の人達が見る事があったら、あの時代という遠い妄想では無く、少し声の聞こえてくる想像ができるのでは無いか?
そんな無意味な想像もしたりした。

日本と呼ばれた世界の端っこのそのまた東の端の海の側の里の記録を残す事に夢中になりながら
それでも今まで気が付かなかった事を見つけていたような気がする。















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