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| 結婚式って何でするのかなぁ? |
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ほんの僅かな時間でしたが被災者として避難をしました。 その時間はわずかに15時間程。 3月11日午後3時から12日の午前6時頃までです。 大津波警報が出てマスコミの伝えてくる情報は10メートル強の津波。 絶望の中に何とか希望を見たいともがいている時間でした。 その間に繋がらない電話を何度もかけて友人達が僕の安否を気遣ってくれました。 その時の安心感は今でも忘れません。 「人は一人では生きていない。」何度も口にした言葉ですが本当に実感しました。 震災と結婚式を同列に語るのはいかがなものかとは思いますが じつは結婚式も「つながり」が重要なのだと感じます。 本当はたくさんの演出自体が元々は「つながり」をオーバーに見せるためのものだったのでは無いでしょうか? ところがどこかで演出という商売が一人歩きを始めて演出が演出を塗り固めて いつの間にか中心にあった「つながり」が演出という分厚い壁に閉じ込められて もはや青息吐息の状態になってしまった。 今のブライダル産業はそんな状態なのでしょうね。 だから自分のホームページで結婚式に関して疑問を呈していたのだと思います。 僕は結婚式は平時に「つながり」を感じられる場所なのだと思います。 結婚式を挙げる理由はいくら考えても理屈では肯定しづらいです。 でも無くて良いとは思えないのです。 それは人は温もりを愛しているからでは無いでしょうか? 人と人との「つながり」の中に温もりを感じるからでは無いでしょうか? 自分の身の丈に合ったもので良いと思うし過度の演出も必要は無いと思うのですが 自分にとっての「つながり」という幸せを考えながら結婚式を作るというのは 演出で見えなくなりつつある大切なものを主役の座に復帰させてくれるように感じています。 2011年4月6日 |
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| 結婚式は何でするのかな?(数年前に考えた事) 僕自身が結婚をする時に思った事・・・・実はやらなくても・・・・・ だから男の人の結婚式に対してちょっと引き気味の態度はちょっと分かるんです。 |
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| 僕の奥さんのお父さんに会って「結婚式はしなくても」そう言うと
間髪入れずに 「けじめだ」 その言葉は今でもリアルに憶えています。 その言葉の重さには「大事な娘の結婚なんだぞ」そんな親の気持ちがあったと思います。 僕はその直後に 「やらさせていただきます」 そう答えました。 |
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| そして僕たちの結婚式当日。
僕は高砂に座りながら集まってくれた人達の顔を見ていました。 みんな自分達の為にここに来てくれているんだなぁ。 ありがたいなぁ。 |
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| その後写真を撮るために始めた結婚式の写真。
新郎新婦の笑顔はもちろんだけれど お父さんお母さんの笑顔と涙。 兄弟姉妹、親戚、友達、同僚の笑顔と涙。 こんなにたくさんの人達の温かな気持ちが二人の為に向けられている。 ある意味これは僕自身の中でも新鮮だったし、僕の心も温かくなっていました。 |
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| きっと結婚式はこれを感じるためにするのだと思うのです。
たくさんの人達が自分の為に集まってくれているという事実。 自分達は1人では無いという事実。 |
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| 結婚式に演出はたくさんあるけれど
心のこもった演出は良いのです。 祝福は結婚式で無くてもできるかも知れません。 でも結婚式だからこそできる祝福もあると思うのです。 |
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| 写真って何の為に撮るの? |
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| 写真は何のために残すのでしょう? これもやはり主観的なものしか無く正解は存在しないと思います。 だからこれは僕の主観で人によっては違う価値観があると思います。 |
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| ある場所で撮った記念写真がとても自分にとっては大事な写真になる事があります。 それはなぜかと言うと その写真を撮った場所の、または撮った時の出来事が 自分の人生にとって大事な、素敵な、重要な事であったからでしょう。 これは、写真に写っている絵だけを見ているのではなく 写真から感じられるその頃の思い出を見ているのです。 写真はこのように写っている絵から その頃やその時にあった出来事を感じ、思い出やイメージを見させてくれるのです。 |
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| 時間が止まった写真の中では その中の出来事や写真に写っていない場所、時間的前後は全てイメージや思い出です。 これを感じる、思い出すきっかけとなるのが写真の役目でもあるのです。 逆に写真が無かったら忘れてしまう事もあります。 |
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| 写真があると無いとでは人生の豊かさに変わりが出て来る。 そんな可能性が写真にはあると思うのです。 |
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| 結婚式の写真でも思い出を語る事のできる写真をたくさん残していきたいと思っています。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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| 声が聞こえて来るような写真。 |
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| 声が聞こえてくるような写真。 それは単に笑顔や涙が写っているという事では無いのだと思います。 写真は静止画ですが「声が聞こえる写真」はある意味、動画です。 見る側が一生懸命に想像するのでは無く 見ていて自然に写っていない事を想像してしまうような写真は 見る側の頭の中では動画となります。 そんな写真からは声が聞こえてくるのです。 |
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なぜ僕はフィルムか? |
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「写真写りが良く無い。」 |
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| これは出会いですね。 (と言ったらお終いになってしまうのですが・・) |
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| まずはどんなタイミングでシャッターを切っているかが大事です。 カメラマンも皆同じ人間で一人一人に個別の好みがあるのは当たり前です。 だから同じ被写体の笑顔を撮っても必ず違いが出てきます。 同じような場所から同じようなタイミングで撮っても厳密には必ず違いが出てくるのです。 (だから面白いんですけどね) 逆に言うと違いが出て来なければそれはオカシイのです。 |
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| 自分のフィーリングに合った写真を撮る人が良いです。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| そしてそのカメラマンに直接会いましょう。 その人が自分とフィーリングが合えば選択はかなり絞られるのでは無いでしょうか? 直接会う事が大事な理由は 当日はそのカメラマンが自分達に向かって話しかけながら写真を撮るのです。 「笑って」と言われて笑えるかは相性の問題って大きいですよね。 「あの人に言われると、何となく笑っちゃう」 それが一番だと思います。 |
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| それともう一つ。 人にはそれぞれ自分の間合いっていうのがありますよね。 空間的なテリトリーとでも言うのか その中にカメラマンは入ってくると思うのです。 僕が撮影していて感じるのはそのテリトリーの中に入っている事を許してもらえるかどうか。 言っている事がよく分からないかもしれないですが 許可が出ているという事は近くにいても笑ってもらえるという事で 許可が下りてないと気を遣うという事になるのです。 ここで気を遣っているようでは被写体とカメラマンの間には距離があるという事になります。 これでは良い写真は望めません。 |
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| カメラマンと被写体は無理の無い距離を持つ事が大切なのでは無いでしょうか? こと結婚式に関しては特にそうだと思います。 |
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| だからやっぱり出会いかも。。。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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| メイク撮影は最初からが良いと思いますよ。 |
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| メイク撮影と言われると、どこかで口紅を塗っているシーンを思い出します。 たぶんそれはブライダル産業が作り出したイメージですね。 でも僕はそれがメイク撮影だとは思わないのです。 結婚式の一日の中で少し違う時間が流れているのが仕度の時間です。 仕度が終わってメイクルームから出ると一気に始まる結婚式。 緊張と喜びと感謝とそんな気持がたくさん溢れるのですが その時の昂りとメイクルームに居る時は少し違います。 もちろん結婚式の一日であるわけで色々な思いが交錯しているわけですが それでもやはり本番と控えという感じで違うのです。 朝、メイクルームに入って結婚式の準備が始まり 色々なそれまでの話をしながらその日を想像するわけで そこには両親や兄弟や親戚、友人が顔を出すかも知れないわけで そんな時間を撮ることはその日一日を残すという意味で大切な事だと思うわけです。 最初から一緒に入ると、メイクさんやプランナーの人に 「え?!こんなところからですか?」と怪訝そうに言われる事があります。 たぶん昔ながらの「殿方の入室を固く禁じます。」的な思考なのだと思いますが でもちょっと海外のウェデイングフォトのサイトを見てください。 とても楽しそうに、また色々なドラマがある写真が多くあります。 「殿方の・・・」的発想はそれはそれで尊重はするのですが もし一日の気持を記録したいと思ったら是非ご検討ください。 二人が会場に入る時に一緒にカメラマンも入る事で撮れる写真があるという事を。 |
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| 手焼きの写真とは? |
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| 手焼き写真という言葉を聞くのは結婚式の写真を見つけるようになって 初めて聞いたという方も多いかと思います。 ようするに暗室という写真を焼く部屋でフィルムから印画紙に画像を感光させていく作業です。 それを機械の中でするのでは無く人間が一枚一枚行うわけです。 極端に言えば色や濃度の無限のバランスを目で見ながら探っていく作業で 昔ながらのハロゲンランプを使って印画紙に焼き付けます。 機械焼きというのは今は多くがフィルムデータをデジタル化し レーザー光線で焼くために印画紙を使っていてもどこかデジタルのように焼けます。 手焼きの暗室作業が今残ったアナログ写真の工場と言えるかも知れません。 |
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| 手焼き写真の種類なんですが・・・・ | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 色々と結婚式の準備の中で結婚式の写真に出会い・・・
そして手焼きの写真というものがあるのか・・・と知った方。 もしかすると凄くマット質の紙に焼かれている写真が手焼きだと思ったりしています? それは紙の種類で手焼きとは関係無いんです。 逆に言えばデジタル写真でもそういう紙で印刷、もしくは印画紙への焼き付けはできるんです。 手焼きというのは暗室で人が写真を焼いている ようするに手作業で出来上がっている写真の事なんです。。 |
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| 男が考える結婚式。 |
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| 新郎が中心となって考えた結婚式の例を挙げてみたい。 ●自宅でやる結婚式。 新郎の自宅で結婚式を行った。 ●自分の趣味である魚釣りがアイテム満載となった。 ボタンを押すと魚が踊り出すウェルカムボードなど見ていて楽しかった。 ●最初に参加者80人全員で自己紹介をした。 時間はかかったけれど皆が和んだ。 などなど。。。。 どうやら男が考える結婚式は既成の結婚式とは外れているようだ。 既成の結婚式とは要するに結婚情報誌等に掲載されているようなものだ。 それはそうだろうなぁ。 何故なら男は結婚情報誌などはほとんど見ないだろうから・・・ だからその情報に左右されないと言えるのだろうなぁ・・・ 次の例は男が中心になって作ったけれど良く無い例で 僕自身の結婚式を上げてみたい 僕の場合は奥さんのお腹に子供が居て、そして何と切迫流産で入院していて だから結婚式を全く知らない僕が(18年前の話)全ての段取りを行った。 主賓って何ですか? (ボケじゃないです。マジで訊きました。 結婚式って来たい人が来るんじゃないんですか!? (そうだとしたどうやってお前の結婚式があるのを皆が知るんだ!と後で思った。 スピーチと歌とかってやりたい人がその場でするんじゃないんだ・・・ (そうしたらプログラムが立たんだろ!と後で思った・・・・ 話を聞き打ち合せを進めるに従って、いかに自分が何も知らないかだけが見えてくる。 しかし僕の奥さんになる人が結婚式に心残りを作っては行けないと思って ドレスなどは好きなモノを選びなさいと伝えた。 この辺りも当時の僕が結婚式は女性のものだと思っている証拠なのだろう。 僕はこうして七転八倒しながらも当日に辿り着いた記憶がある。 さすがに今から考えてみれば 非常識なところもたくさんあって、無知である事が男の考える結婚式とは言えないが 方向性としては多くの男が結婚式に対して持っている印象なのでは無いだろうか? これでは人が感動するような結婚式を作れるはずが無い。 なぜなら結婚式に対して真っすぐに向かい合っていないのだから。 だけど最初に例を上げた結婚式を作った男の人達は違う 真っすぐに結婚式に向き合って自分の好きな方向で結婚式を作っていた。 規制概念の中にはあり得ない男の結婚式は楽しくって嬉しくって最後は泣ける。 逆にそんな男が中心になって作っている結婚式をその時の新婦である女の人がどう感じているかを見ていると 実はとても嬉しそうである。 何故なら二人の結婚式を真剣に考えてくれているパートナーが存在するのだから。 もちろん女の人的に外せない結婚式のアイテムはあるだろうし その部分がとても重要な女の人はその事に関してはしっかりとやっていた。 それは逆に男では手出しの出来ない場所とも言える。 男が真っすぐに結婚式に向かって取り組む そんな結婚式をもっとたくさん見たいなぁと思ったりする。 |
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| 僕がカメラマンであると初めて知った人との会話の中で
良く言われる言葉があります。 「どんな写真を撮っているんですか?」 「結婚式の写真ですが」 「いや本当に自分で撮りたい写真は何ですか?」 そんな会話です。。 |
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僕は結婚式の写真を撮りたいと思って撮っています。 また、逆に僕は撮りたい結婚式の写真を撮っているとも言えます。 もしかすると僕は今のスタイルでしか撮れないのかもしれません。 |
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僕は結婚式の中に人の繋がりを感じています。 繋がりとは何でしょう? それは人は1人では生きていないという事です。 たくさんの人が居るからこそ自分が居るという事です。 その繋がりはとても優しく厳しく大きな愛に満ちています。 |
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| そんな温かな瞬間を結婚式の中で写したいと思っています。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
| 温かで幸せな瞬間。 素敵な人達に囲まれた結婚式の触れ合い。 人生の中でこれほど短時間に多くの人の温かさに触れられる時があるでしょうか? |
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| 僕は優しさに包まれた瞬間を写真に留めておきたいと思っています。
それが僕が結婚式の写真を撮り続けて行きたい理由です。 |
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| 結婚式の基本? |
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| 結婚式を挙げるのは初めて。 そういう人が大半をしめています。 そしてこれが最後。 だからとても大切だし、良いものにしたいですよね。 だけど初めてだから分からない事だらけ。 両親に聞いても時流の流れが早く昔と今では大違い。 だからついコーディネーターとされる人の意見を丸呑みにしていませんか? |
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| 結婚式ってこういうものなのか。 |
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| こういうもの??? |
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| 結婚式には規則なんかありませんよ。 数百組の結婚式を多種多様の会場で見て来た僕から言わせれば やり方は様々です。 ようするにお客様に失礼にならないようにという最低限を守っておけば あとは、何でも良いのです。 |
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| みんなに仲良くなって欲しいと言ってパーティーの最初に全員で自己紹介をした人もいました。 もちろん一人5〜10秒。それでも時間はかかります。 そんな破天荒なパーティーはとても楽しく進みました。 |
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| 分からない事があったらはっきりと分からないと素朴な疑問を聞いてみてはどうでしょう。 疑問を持ったまま進めるのは良い事ではないでしょ? |
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| 普通に考えましょう。 |
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| 結婚式だからといって特別なんてありませんから。 |
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| 最低限の礼儀と節度を守れば |
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| あとは自由です。 | |||||||||||||||||||||||||||||||
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| 結婚とは?(シリアスバージョン)
しかし、日本人の多くは無宗教だという。 しかし上記にあるような結婚式は何でするのか?何で結婚するのか?という疑問は解けなかった。 この数年来の疑問が最近になって少しだけ分かりかけて来た。(のかな?) 結婚は子供を生むためにするのである。 先祖より受け継いで来たこの歴史のバトンを 独身の自由を捨て親として子孫を残す責任を背負う為に結婚するのである。 そして、その責任を背負うという重大な決意をした2人を 独身の自由を捨て子孫を残すという決意。 このような崇高な決意をした仲間を祝福するのが結婚式だと思う。 2007年8月1日 で、ちょっと釈明というか・・・ まるで女の人は子供を産むためにある的な話に感じると言われました。 上記の発言はかなり過激に感じるかも知れないのですが 本当に言いたかったのは そうしたらきっと結婚式を挙げる事がまた少し変わった意味合いになるとも思うのです。 2009年1月 |
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| 結婚とは?(僕の奥様より)
先日僕の奥さんに上記で記した内容の結婚についてという事を話した。 なるほど、そう言う考え方もある。 しかしながらこのようにまるで違う2人がもう15年の歳月を共に過ごしている。 このような別意見を述べてくれる人がいるという事はとても嬉しいものである。 2007年8月31日 |
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| 今、自分が考える理想の結婚写真。 「声が聞こえるような写真を撮りたい。」その言葉を言い続けて来てもう10年経ちます。 なのに相変わらず模索をしているところがあるのです。 近年、日本の結婚式写真も多種多様になったわけで、そんな写真達を見ていると、たまに迷う事があるのです。 自分では直感的に?と思うのですが、これは良い写真なのかも知れない。 そんな写真は奇麗に写っていたり面白い構図だったり決定的な瞬間だったりしているわけですが でも、どこかで自分の好みに合っていないと感じ?が頭をよぎります。 (決定的瞬間の写真は結構好きではあります。) そこで自分は写真で何を撮りたかったのか もしくは何の写真を見て感銘を受け影響されたのか そんな原点を振り返ってみます。 するとそこには悲劇的な写真もたくさんあるのですが 写っている絵には人が生きています。 人生が写っているのです。 被写体の人生、撮影者の人生が写っているのです。 そんな写真に僕は感銘を受け写真の世界にのめりこんでいったのです。 ?を感じた結婚写真には実は僕の好きな生きている人間が写っていないのです。 奇麗だし面白いし・・・でも感銘を受けない。 今の僕の理想は写真から人生を感じさせる。 そんな写真が撮りたいのです。 |
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